恋愛小説評 2018年編

  • 訳あって恋愛小説をたくさん読んだ一年

別に大した訳ではなく、Twitterのフォロワーへのアンケートで読む本のジャンルを決めてたら恋愛小説ばっかり指定されて、結果的にたくさん恋愛小説を読むことになった。

ただ、指定はジャンルのみで読む本そのものは自分で決めているので、いまいち恋愛小説と呼ばないものがあったり、王道的な恋愛小説はなかったりするけど、そのあたりの事情も含めて、人に勧めたい本を紹介したいと思いこのブログを(わざわざ眠ってたはてなのアカウントを掘り起こして)書いてみる。以下時系列順の今年読んだ恋愛小説たちです。

 

寝ても覚めても 柴崎友香

時系列順なのでしかたないのだが、いきなり今年読んだ恋愛小説の中でも1番の問題作を紹介することになってしまった。

根本的にとにかく読みづらい。映画化に際して本の装丁も東出昌大とかにわざわざ変更してあるのだけど、映画から入ったライト層なんていらんわと言わんばかりの読みづらさ。柴崎友香さんの本はこれともう一冊しか読んだことないんだけど*1、文体は確かに独特だし、それが特徴でもあるらしい。

話の大筋を説明すると、「主人公の女性は若い頃にどこか得体の知れない感じのする男と付き合っていたのだが、その男は突然ふらっといなくなってしまう。数年後にその男とよく似た男性と出会い、その人と付き合うことになるのだが、昔の男が主人公の目の前に突然現れて……といった感じ。

私はこの本けっこう好きで、主人公の言動は確かにやべーなという感じはするのだけど、恋愛をしている最中の利己的で盲目的な行動が上手に書かれていると思う。

ただやっぱり内容も万人受けするとは言い難く、主人公の言動にイライラする人はかなり多いのではないかと思う。女性がこれを読んだらどう思うんだろうっていうのはかなり気になるところである。*2

 

ズームーデイズ 井上荒野

みなさん、井上荒野さんをご存知?私は「切羽へ」で直木賞を獲った人ということくらいしか知らなかった。この本の主人公は、昔に賞を獲ったけどその後かけなくなってしまった「いちおう」小説家。主人公の父親が小説家であること、そして文学賞受賞後に書けない時期があったこと、その時期の間にガンにかかることなどは、実は作者本人のプロフィールと重なっている。

その主人公の「書けなかった」7年の間の、8歳年下のズームーという恋人との同棲生活を描いたのがこの小説。

主人公はほんっとうにダメダメで、ズームーと付き合う前から妻子ある男性のことが好きで、ズームーと同棲してるのに、不倫相手の呼び出しには応じてしまったり、小説がかけなくて日中家でゴロゴロしている間にその不倫相手の電話をひたすら待ってたりする。しかもその不倫相手にはどう見ても弄ばれているのに、それをわかっていながらも主人公は「好きだから、仕方がない」という気持ちでいるような感じ。ダメダメである。

ダメダメな主人公はダメダメであることを自覚しながらも、どこかそんな生活から抜け出せないでいる。恋人とほんとに呼べるかわからない同棲相手との生活も、弄ばれてる不倫相手との関係も、書けない小説も、近くにおいた状態から動けない。宙ぶらりんで不安定で虚無な状態。そんな「生活」の小説だから、恋愛小説とは実は呼べないのかもしれない。だから逆に、恋愛小説はべつにええわって思ってる人にもおすすめできる本。

 

7月24日通り 吉田修一*3

7月24日通りというのはリスボンにある通りの名前らしい。主人公の小百合は自分の住む街の所々とリスボンの街を重ねて、脳内では当てはめたリスボンの地名で通りやバス停を呼んでいる。高校時代からの憧れの人に心惹かれたり、イケメンな弟が自慢だったり、どこかで自分は主役になれないと思っている主人公は、高校時代とさえない自分というしがらみに囚われたように、どこにも行けない。地元をリスボンの地名になぞらえはしても、リスボンには行ったこともないのと同じ。

長編の恋愛小説にしては平坦な内容だと思う。主人公には大きく劇的なことは起こらない。でも小さな出来事の積み重ねから、考えは少しずつ変化していて、そして小説の最後で主人公はある選択をする。選択の正しさはさておいて、その行動をとるということに大きな意味があって、その瞬間に主人公が一つ自分の殻を破るような感覚がある。

内容は平坦だし、主人公の最後の選択も恋愛小説としては盛り上がりには欠けるのかもしれないけど、自分を変えたい若い女性の物語としては、リアリティがあってとても良かったと思う。

あとはそう、ある登場人物が語る「自分がモテない10の理由」がなにげに好きでした。

 

どきどきフェノメノン 森博嗣

恋愛小説っていうかラブコメディといったほうがいいかもしれない。

主人公は理系女性院生で、生活のなかからドキドキを探すのが趣味。指導教官に好意を持っているけど、読んでてもいまいちその気持ちを伝えたいのかどうかもわからず、ドキドキが供給されることを目的としているような気もする。

まぁこれはコメディですわ。内容はかなりデフォルメと言うか、リアリティは抑えめというか、好きに書きましたねーって感じ。

主人公の一人称で話が進むのだけど、かなり思考回路が独特というか飛躍したり洒落を言ったりが多い。そこも面白いのだけど、面白いと万人が感じるかと言われると微妙だと思う。

正直もはや森博嗣がラブコメを書いているという事実だけでも面白くて、「俺は全然ありやと思うで」といった感じで読み切れた。ただ、これが一般的にどう評価されるのかは謎だし、恋愛小説でくくっていいのかも正直よくわからん。まぁでも森博嗣が好きな人は読んで損はないと思うで。私は。 だんだん適当になってきた。でもほんとに評価がむずい。

 

ニシノユキヒコの恋と冒険 川上弘美

とにかくモテる男、ニシノユキヒコ。その人と関わった女性たちの視点で書かれた短編集。ニシノユキヒコはとにかくモテるが、爽やかさと軽薄さの裏にある虚無感や、人を心の底から愛せない本質から誰とも長く関係が続かない。だからこの短編は全て「恋愛の終わり」が書かれている。

私が今年読んだ恋愛小説では1番。文句なしの傑作だと思う。

作中の女性はみんなニシノユキヒコを愛するのだけど、彼の虚無感とどうしようもない孤独感にどこかで気づいたり、気づかなくても察したりして最後には離れてしまう。その女性たちの恋愛の終わりに気づく瞬間、ニシノユキヒコを好きだった、もしくは今も好きなのに、でも関係が続けられなくて、「この男はもうすぐ私を好きでなくなる」と思うその瞬間の描写がとにかく繊細で切ない。多少なりとも二人で生きていた人間が、一人で別々に生きていこうとする時の女性側の芯の強さのようなものが読めたのがとても良かった。

なんかこの本に関しては、あまり多くを語るよりとにかく読んでみてほしいという気持ちが強いのでみんな読んでみてほしい。*4

 

ホテルローヤル 桜木紫乃

もはや恋愛小説ではない。読む本は自分で決めるという部分の欠陥が見えた形になってしまった。

釧路の湿原を望むラブホテル「ホテルローヤル」にまつわる6つの短編集。ラブホが舞台だから恋愛小説だろというクソみたいに軽薄な理由付けで読んだ。

恋愛小説ではないのだけど、内容はとても良かったです。とにかく恐ろしく切ない。

舞台がただのラブホではなく「釧路の」ラブホであることが重要だと思ってて、登場人物たちの背景には地方の閉塞感や貧困があり、誰もがとても手放しに幸せと呼べる生活を送っているわけではない*5。そして登場人物には家族関係で問題を抱えている人たちが多く登場する。壊れた家族関係と、ラブホテルで築かれる決してすべてがまっとうと言えない男女の関係の対比。あぁ切ない。

あと、時系列が逆になってて、短編集が進むごとに時間が巻き戻っていく。だから読者は登場人物たちの行為の結末を先に知ってしまうような構成になっている。やっぱり切ない。

とにかく切なくて寂しくて暗い小説でした。でも人の生活の話として、すごく完成度は高いと思う。みなさん元気なときに読みましょう。

 

  • 結論

わかっていたけど、王道的な恋愛小説は一つも読まなかったし、ハッピーエンドもほとんどない(どきどきフェノメノンくらいか?)。こういう「苦い恋愛小説」の需要ってどんなもんなんろうって思ったけど、こうやって書評を書くことで良いと思った本が誰かの手に渡れば良いなと思った。だから私に恋愛小説を勧めたみんなはここに挙げた本をぜひ読んでください。

あと、もっと恋愛小説以外のジャンルにも投票してください。

*1:ちなみに読んだ本は「ビリジアン」

*2:というかこの本に限らずなのだが、恋愛小説は異性が読んだときにどう感じるんだろうっていう感想を抱くことが多い

*3:それ氏が昔勧めてたので読んでみた本。おすすめがあったらみんなもどんどん発信しよう

*4:書評を語っといてこの一文はどうなんだという気がする

*5:釧路に行ったことがないのだけど、勝手に僻地を想像してます。違ったらごめんなさい。